こんにちは、「筆記によって人生をより豊かに、上質に。」をコンセプトに
ヨーロッパ文具を販売しておりますIl Duomo(イル・ドゥオモ)の店長・佐藤です。
今日は、ちょっとコラムでも。
先日、名古屋大学の地球環境システム学科教授の高野先生とお話する機会があり、イタリア万年筆の話になりました。
そこで思ったことをお話しようかと思います。
何千本のイタリア万年筆を触ってきて、気づいたこと
ネットショップと、イベントなどでいまは主にイタリア万年筆を販売しております。
もう立ち上げてから4年目に突入しておりますが、
その前からイタリア万年筆は触っておりましたので、
イタリア万年筆を1000本単位で触ってきたわけです。
そのなかで、いろいろとイタリア万年筆ならではの大変なこともあるのですが
「やっぱりイタリア万年筆って良いな。」と思うことがあります。
イタリア万年筆はイタリア車に似ている
万年筆などのモノづくり分野ですと、よく車に例えられます。
日本の万年筆はトヨタによく例えられます。
質実剛健、丈夫で使いやすく、不具合が出ない、燃費が良い。
と、思うとイタリア万年筆はアルファロメオやフェラーリのような感じでしょうか。
派手で、繊細で、手入れが必要で、気を付けるべきことが多い。
このような差はどこからくるのでしょうか?
以前、イタリアに赴いた際、いくつか万年筆メーカーさんの工房を訪ねたことがありました。
そのなかで驚いたのは、機械の古さ、でした。
もちろんとても良い工作機械を使っているメーカーもありましたが、
意外にも「こんな機械で作っているの!?」というものも多々。
実はイタリアは他の工業でも同じで、例えば織物産業なんかは、
伝統工芸品ですと、中世の機織り機を手直ししながらそのまま使っているメーカーもあったり。
けっこう驚く年代の機械を、手入れしながらそのまま使っているのです。
そんなわけで、手作業の部分がかなり多くなります。
それで、手作業ならではの風合いが出ます。
しかし、デメリットとして挙げるならば、個体差が多くなります。
手作業によって、ゆらぎが生じるわけです。
そんなわけで、ゆらぎが多いのがイタリアの工業の特徴です。
日本はと言うと、ゆらぎが出ないように、カイゼンカイゼンをしてきました。
少しでも効率的な機械があれば、買い替えて、償却させる。
その結果、とても質が高く、個体差が出にくい工業製品が多く出回るようになったんですね。
これは日本の万年筆の良いところです。
だれもが安心して筆記を楽しめるペンを作っているのです。
ゆらぎの無さ、というのは安心にもつながります。
(もちろん日本の万年筆も、手作業の部分はたくさんあります。)
ゆらぎは良いものである
ただ、あえて言いたいのは、ゆらぎは悪いものではない、むしろ良いものである。ということ。
そうそう、先日高野教授とお話したときは、何の話をしていたかというと
自然と人間の関りについてだったのです。
高野教授は、名古屋大学で地球が・人類がどうやって持続していけるか、
自然との共生やエネルギー問題などについて実践的に教えておられます。
フィールドワークで我が家の近くにいらっしゃることが多かったり、
私事になりますが、町内の移住定住委員会に関わってくださっています。
わたしも役員?になっているので、仲良くさせていただいておりますが
町の存続についていろいろと学問的・実践的観点でお話をしてくださいます。
高野教授がおっしゃるには、
自然というのは元来ゆらぐものである。
昔のモノづくりというのは、本来ゆらぎがあって当然だった。
しかし、近年の効率化などで、ゆらぎ=不良品という視点がでてきて、
ゆらぎの製品というのは日本では作られなくなってきた。
しかし、イタリアの工業製品というのは、
いまだに自然としての人間、のゆらぎが感じられる。
ひとつひとつ模様が違ったり、書き味に個体差があったり、自然としての人間らしい製品がいまだに作られていて、
先進国といわれる国の中では珍しい工業体制をとっている。
ということでした。
なるほど、我がショップでは、イタリア万年筆の個体差について、わりと忌み嫌っていました(笑)
お客様に迷惑をかけることになるからです。
「前と柄が違う」ということもありますし、
「前と書き味が違う」「仕上げの雰囲気が違う」というお声もいただきます。
だからイタリア万年筆を買うのは、不安がつきものなのではないでしょうか。
そんなわけで、Il Duomoでは検品にかなり時間を割きます。1本あたりモノによっては15分以上かけることもしばしばです。
30分くらいうんうん唸っていることも。
さらにそれを検品書にしたためます。なるべくご不安の無いように、お手紙を書くのです。
そんなことをやっているから、すぐ日が暮れます。(ああ…)
効率・利益主義のお店からするととんでもないかもしれませんが
イタリア万年筆が届いてお客様ががっかりしないように、なるべく個体差が出ないようにと思って検品しています。
スタッフのほうで直せるものはここで直しますし、
交換したり、お客様と相談したりします。
効率というのは、優先順位では低めなのです。
というわけで個体差が出ないようにしてきた私からしたら、
高野教授の「個体差はゆらぎの象徴だから、良いものである」という視点はびっくりしました。
それと同時に、イタリア万年筆を褒められてとても嬉しかったです(笑)。
カイゼンカイゼンをあえてせず、イタリア人たちが「おらどこのペンはかっこいいべ!」と胸を張っている、そんな人間臭いペン。
こんなイタリア万年筆の新たな側面が見えて、感動しました。
小売店からすると、売りにくいイタリア万年筆
イタリア万年筆は、小売店目線からすると、売りにくいものだと思います…。
先に挙げた個体差もそのひとつの理由。
さらに、材質やペン先の仕上げも「攻めている」ことが多いのですね。
例えばモンテグラッパはセルロイド軸をいまだに多く作り続けています。
セルロイドはものすごく深みがあって美しいですし、さらにはクリップなどには純銀を使っているので、その輝きも本当にジュエリーのよう。
しかし!
セルロイド軸で、シルバー925、ペン芯はエボナイトと、小売店さんからしたら管理が大変なのです。
磨いたりしないといけないですし、長く老いておけばセルロイドはくすむ、シルバーは色が濃くなる。エボナイトは収縮する可能性が…
売る前に手入れが必要なのです。保管場所も気を付けないといけません。
なのでたくさん売るのは利益追求型の店舗さんですと、できないのかもしれません。それが取り扱いが少ない理由の一つ。
しかしそういった通常のメーカーだったら「面倒で」作らないような良いものを作っている、というのがモンテグラッパはじめイタリア万年筆のよいところなのです。
それと、アウロラの万年筆。
サリサリ感が良いとファンが多いですが、このペン先の仕上げも、調整師さんいわく「めちゃくちゃ攻めている」らしいです。
日本なら、万人受けするように仕上げるところを、キレッキレに研ぐのだそう。
だからこそ生まれるサリサリ感ですが、合わない人も多いでしょう。
なぜそんな風に作るのか?万人受けするように作ればいいじゃないか…と思いますよね?(笑)
でも、彼らは攻め続けます。それがイタリアのクラフトマンシップの誇りなのです。
消費者に何と言われようと、「おれとこのペンはこれだい!」と攻め続ける、頑固さ。
小売店からしたら「勘弁してよ~」ってかんじですが、
イタリアのようなモノづくりの姿勢がなくなると、
人間でなくてもいいじゃないか、すべて3Dプリンタで良いじゃないかとなってしまいますから。
人間らしい万年筆、の象徴であるイタリア万年筆。
検品は大変ですが、イタリアのモノづくりをこれからも応援していきたいと思います。
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