万年筆の基礎知識|インクの種類やインクが出る仕組みを13000字で徹底解説

1.はじめに|このコラムについて

こんにちは、わたしはつくしと申します。
先日、Il Duomoでモンテグラッパのインクを購入して、レビューを書いたのですが、
モンテグラッパのユーザーだけでなく万年筆の幅広いユーザーの方にインクのことを伝えたいという想いがあり、
この記事を書くことにしました。

 

万年筆インクとひと口に言っても、とてもバラエティーが豊かです。
たくさんあって選ぶのが難しい、とか、どういう基準でメーカーがインクづくりをしているか気になる、という意見もあるかと思います。

こちらの記事では、万年筆インクについてもっと詳しく知りたい!
基礎知識をできるだけ専門的に知りたいというかた向けに説明しています。

もちろんボトルのデザイン、インクの色、インクの粘度などの要素は人によって感覚が異なりますが、
このコラムは私の主観も入りつつ、なるべく客観的な意見を中心にしてみました。

とはいえ、1人のユーザーの意見なので、メーカーの見解と異なる場合もあります。

様々なメーカーのインクの購入を検討する上で、参考資料として読んでいただけたら光栄です。

(13000字と長くなりましたので、目次から拾い読みしていただいても大丈夫です。)

2.ボトルのデザインいろいろ

万年筆インクは、ボトルも魅力の一つと言えましょう。ボトルのデザインはメーカーやレーベルによって様々です。
インクが少なくなっても吸入しやすいようにデザインされていたり、芸術的な意匠のボトルもあります。

素材はガラスが主ですが、まれにプラスチックも存在します。

モンテグラッパ インク 
図1 モンテグラッパ インクボトル ブルー

ビスコンティ インクボトル

図2 ビスコンティの現行型ボトル

図3 モンテグラッパのボトル


図4 ビスコンティの旧ボトル


図5 モンブランのボトル

3.インクの種類

さて、本題のインクの種類について学んでいきましょう。

万年筆のインクには染料インク、顔料インク、古典インクの3種類があります1)

インクブームでいろいろなインクをコレクションしている方もいらっしゃいますが、
この3種類は用途やメンテナンス方法が異なるため、どのインクがどの種類に属するのかは、きちんと把握しておく必要があります。

 

染料インク

  • 色材に染料が使われていて、水に溶けやすい。
  • 水に濡れるとにじみやすくて、光に弱く退色 (色あせ) するので、文章の長期保存には適していない。
  • ペン先で詰まったインクを洗い流しやすく、万年筆内部のトラブルは起きにくいので、万年筆のメンテナンスをしやすい。
  • 最も一般的なインクで、色のバリエーションが豊富にある。
  • モンテグラッパのインク、パイロットの色彩雫、セーラー万年筆の四季織などは染料インクである。

顔料インク

  • 色材に顔料が使われていて、耐水性、耐光性に優れている。
  • ペン先および万年筆内部で詰まったり、固まってしまうこともある。
  • しばらく使わない場合やインクを入れ替える場合は、ペン先と首軸をインククリーナーキットできれいに洗浄する必要がある。
  • 染料インクと比べて色のバリエーションが少ない。
  • セーラー万年筆のストーリア、プラチナ万年筆の水性顔料インクなどが顔料インクである。

古典インク (没食子もっしょくしインク)

  • 染料インクに鉄分と酸性分を加えて作られたインクである。
  • 初めは染料の青色で、時間が経過すると染料は退色するが、鉄分は酸化して黒くなり用紙に定着する。
  • 耐水性・耐光性に優れていて、文章の長期保存に適している。
  • ペン先や万年筆の内部でインクが乾燥したり固まると、洗浄することが困難になる。
  • ペン先と首軸の金属リングの腐食を防ぐために、インク吸入後はペン先と首軸をきれいに拭く必要がある。
  • 染料インクと比べて色のバリエーションが少ない。
  • ペリカンのブルーブラック、プラチナ万年筆のブルーブラック、クラシックインクなどが古典インクである。

 

このように、まったく性質が異なるインクが3種類あるのです。

古典インクは、色が変化するのもおもしろく近年人気が再燃していますが、メンテナンスには注意が必要です。
インクの使い方の注意事項、インクの吸入方法などについてはこちらの記事をお読みください。

 

この章のまとめ:
・万年筆インクには主に3種類のインクがあり、それぞれに注意点があるので、用法を守って使いましょう!

 

4.ブルーインクの色の比較

さて、インクにはいろいろな色が存在します。この色の絶妙な違いがインク集めの楽しみとも言えます。
ここではモンテグラッパ、モンブラン、ペリカンの3社のブルーインクの色を比較します。

モンテグラッパのブルー、モンブランのロイヤルブルーは乾くと濃い紺色になります (図6、7)。

この青色はイタリア人のイメージする海を形にして表したものだと私は考えています。Il Duomoのホームページに掲載されているサンプルよりも若干明るい色になります。

ペリカンのロイヤルブルーは乾くと、若干紫色が入った鮮やかな青色になります。 (図8)。一言でブルーと言ってもメーカーごとに色彩が異なるのはインクの魅力ですね。

図6 モンテグラッパ ブルー 万年筆:モンテグラッパ 1930エキストラ(旧型) (極細EF)

図7 モンブラン ロイヤルブルー 万年筆:モンブラン マイスターシュテュック シルバー・バーリー (細字F)


図8 ペリカン ロイヤルブルー 万年筆:ペリカン スーベレーンM800 (中字M)

この章のまとめ:ブルーのインクとひとくちにいってもメーカーごとに色彩が異なる。

 

5.インクと紙には相性がある!

インクと万年筆の相性、ということはよく言われますが、インクと紙の取り合わせにも相性がある、
ということも実は重要な点です。(インクと万年筆の関係性については6,7,8章で説明しますね)

 

用紙によって線幅が変化するのか、モンテグラッパのブルーインクをエキストラ (EF) に入れて検証します。

ミドリのMDノート、LIFE (ライフ) のSCHOPFER (シェプフェル)、マルマンのMnemosyne (ニーモシネ)、コピー用紙の4つの紙で試筆します。

にじみとは、用紙の表面においてインクが紙の繊維に染み込んで広がること、

裏抜けとは、用紙の裏面の繊維までインクの染み込みが到達することです。

コピー用紙はにじみやすくて、4つの紙の中でコピー用紙だけインクが裏抜けします。

このことから、コピー用紙は他の用紙より吸水性が高いことがわかりました。

対して、他の3つの紙はにじみにくくて、EFらしい細い筆跡になりました。

総じてみると、モンテグラッパのブルーインクは、4つの紙の中でニーモシネが1番自分に合いました。

 

図9 ミドリのMDノートにモンテグラッパのブルーインクで試筆

図10 ライフのシェプフェルにモンテグラッパのブルーインクで試筆

図11 マルマンのニーモシネにモンテグラッパのブルーインクで試筆

図12 コピー用紙にモンテグラッパのブルーインクで試筆

 

インクフローとは

そもそもインクフローとは何でしょうか?

インクフローはペン芯からペン先へ送るインクの供給量のことで、用紙のインクを引っ張る力ではありません
同じ万年筆・同じインクを使用したとき用紙を変えてもインクフローは変化しませんが、
用紙のインクを引っ張る力 (吸水性) によりにじみやすさ及び裏抜けの程度が変化します。

 

用紙の吸水性が高いとき、にじみやすくて裏抜けしやすくなり、

用紙の吸水性が低いとき、にじみにくくて裏抜けしづらくなることが示されました。

 

この章のまとめ:
・にじみとは、用紙の表面においてインクが用紙の繊維に染み込んで広がることである。
・裏抜けとは、用紙の裏面の繊維までインクの染み込みが到達することである。
・インクフローとは、ペン芯からペン先へ送るインクの供給量のことで、用紙のインクを引っ張る力ではない。
・用紙の吸水性が高いとき、にじみやすくて裏抜けしやすくなる。
・用紙の吸水性が低いとき、にじみにくくて裏抜けしづらくなる。

 

6.粘度と書き味の関係

さて、ここからは、よく言われる「インクの粘度」について書いていきます。
粘度は物質の粘り気を表しています。粘度が高いときドロドロしていて、粘度が低いときサラサラしています

 

例えば、絵の具を想像するとわかりやすいですが、水をあまり含まない絵の具で絵を描いた時、
水をたっぷり加えた絵の具で絵を描いた時、筆の進み具合が違いますね 。

 

それを踏まえて読んでいただければと思います。

 

インクの粘度の違いが書き味に及ぼす影響はどのようなものでしょうか。

『趣味の文具箱 vol.40』の「万年筆のインクの表面張力と粘度の値」を参考にして、
インクはモンテグラッパのブルー、ブラック及びペリカンのロイヤルブルー、ブラックを選びました2)。(表1)

表1 インクの粘度と表面張力の比較
表1 万年筆のインク及び水の表面張力と粘度

 

表面張力の単位はmN/m (ミリニュートン毎メートル)、粘度の単位はmPa・s (ミリパスカル秒) です。

単位は難しいので覚えておかなくても大丈夫ですが、表面張力も粘度も、
数値が高ければ高いほど表面張力や粘度が高くなるということです。
(この雑誌内ではモンテグラッパのブラックのインクは表面張力と粘度の値を記載されていませんでした。)

表1には、今回のコラムで使用したメーカーのインクを記しました。なお、表面張力と粘度の基準値として、水 (20℃) の数値も記載しました3)

ペリカンのブラックは粘度が高く (20℃の水の約1.5倍)、ペンポイントと用紙の間に生じる摩擦が小さいため、滑らかな書き味になります(図13)。

モンテグラッパのブルー、ペリカンのロイヤルブルーの粘度は低くてペンポイントと用紙の間に生じる摩擦が大きいため、しっかりとした書き味になります(図14,15)。

ペリカンのロイヤルブルーの粘度は水に近くてサラサラでニブを洗浄しやすいので、実店舗において万年筆の試筆で頻繫に使用されます。

モンテグラッパのブラックは、ブルーと同様に粘度が低くてしっかりとした書き味です(図16)。

従って、万年筆のインクは粘度が高いとき、ペンポイントと用紙の間に生じる摩擦が小さいため、滑らかな書き味になり、
粘度が低いとき、ペンポイントと用紙の間に生じる摩擦が大きいため、しっかりとした書き味になることが示されました。

 


図13 インク:ペリカン ブラック 万年筆:トレドM900 (極細EF)


図14 インク:モンテグラッパ ブルー 万年筆:エキストラ地中海ブルー (極細EF)

図15 インク:ペリカン ロイヤルブルー 万年筆:スーベレーンM800 (中字M)


図16 インク:モンテグラッパ ブラック 万年筆:フェリチータ (細字F)

 

この章のまとめ:
・粘度は物質の粘り気を表していて、粘度が高いときドロドロしていて、粘度が低いときサラサラしている。
・粘度が高いとき、ペンポイントと用紙の間に生じる摩擦が小さいため、滑らかな書き味になる。
・粘度が低いとき、ペンポイントと用紙の間に生じる摩擦が大きいため、しっかりとした書き味になる。

 

7.粘度とインクフローの関係

今度は、インクの粘度の違いが乾きやすさに及ぼす影響について検証します。再び表1を見てみましょう。

表1 インクの粘度と表面張力の比較

表1 万年筆のインク及び水の表面張力と粘度

 

ペリカンのブラックは粘度が高くて、モンテグラッパのブル-は粘度が低いです。

ペリカンのブラックとモンテグラッパのブル-の表面張力は近いですね。

 

この2種類のインクをモンテグラッパのフェリチータ (F) に入れてインクの乾きやすさを比較します。

このフェリチータのような両用式の万年筆は、コンバーターに色のついたインクを入れると色彩を楽しむことができます(図17)。

図17 フェリチータのコンバーターにモンテグラッパのブル-インクが入っている様子

 

透明な吸入式万年筆(デモンストレーターなど)もインクの色を楽しめますね。

 

用紙はマルマンのMnemosyne (ニーモシネ)を使用します。

図18 粘度と乾きやすさの関係 (5秒)ペリカン ブラック(上)、モンテグラッパ ブル-(下)

 

図18はペリカンのブラック、モンテグラッパのブル-で文字を書いて、それぞれ5秒後に指で擦った様子です。

ペリカンのブラックで書いた文字はモンテグラッパのブル-で書いた文字よりインクが広がり汚れています。

ペリカンのブラックのように粘度が高いとき乾きづらくて、モンテグラッパのブル-のように粘度が低いとき乾きやすいことが示されました。

 

粘度が高いインクを使用して、縦書きで文字を書く場合、左利きのユーザーが横書きで文字を書く場合は手で擦って用紙を汚さないように気をつけるべきですね。

 

次に粘度の違いが用紙のインクフローに及ぼす影響について検証します。

万年筆はフェリチータ (F) を使用して、モンテグラッパのブラックとモンテグラッパのブルーのインクフロー、にじみやすさ及び裏抜けを観察します。

ただし、粘度の大小によるインクフロー、にじみやすさ及び裏抜けの違いをはっきりさせるために、

モンテグラッパのブラックは水分を蒸発させて粘度を上げたインク 【粘度 (強)】 を使用します。

にじみやすさ及び裏抜けを明確にするために、紙は吸水性の良いコピー用紙を使用します。

筆圧、筆記角度、筆記速度、用紙により、にじみやすさ及び裏抜けの程度は変わることをご了承願います。

 

用紙の表面において、モンテグラッパのブラック粘度 (強) の筆跡が細いことは、粘度が高いとき、

インクの流速は遅いので、インクフローが渋くなることを表しています。

モンテグラッパ ブルーの筆跡が太いことは、粘度が低いとき、インクの流速は速いので、インクフローが良くなることを表しています。

しかし、モンテグラッパのブラック粘度 (強) はモンテグラッパ ブルーよりにじみが多いです(図19)。

用紙の裏面においては、モンテグラッパのブラック粘度 (強) はモンテグラッパ ブルーより裏抜けが多いです(図20)。

インク 粘度 万年筆 

図19 粘度の高低によるにじみやすさの比較 (表面) モンテグラッパ ブラック 粘度 (強)(上)、モンテグラッパ ブルー (下)

インク 粘度 万年筆 

図20 粘度の高低による裏抜けの比較 (裏面) モンテグラッパ ブラック 粘度 (強)(上)、モンテグラッパ ブルー (下)

 

従って、粘度が高いときインクは乾きづらくて、にじみやすく裏抜けしやすく、粘度が低いときインクは乾きやすくて、にじみにくく裏抜けしにくいことが示されました。

粘度が高いとき、流速は遅いので、インクフローが渋くなり、粘度が低いとき、流速は速いので、インクフローが良くなることを確認できました。

また、8章でも説明しますが、ペン芯と表面張力や粘度の関係性は深いですので、「粘度とインクフローの関係」は覚えておくとよいでしょう。

 

この章のまとめ:
・粘度が高いとき、インクは乾きづらくて、にじみやすく裏抜けしやすい。
・粘度が低いとき、インクは乾きやすくて、にじみにくく裏抜けしにくい。
・粘度が高いとき、インクの流速は遅いので、インクフローが渋くなる。
・粘度が低いとき、インクの流速は速いので、インクフローが良くなる。

 

8.表面張力とインクフローの関係

さて、次は、あまり馴染みがないかもしれない表面張力について説明します。

万年筆インクにおいては、粘度だけでなく表面張力も重要な点になります。
表面張力とは液体の分子同士がまとまって表面積をできるだけ小さくしようとする性質のことです。水滴が球状をしているのは表面張力によって縮まろうとするからですね。
シャボン玉の表面張力について考えてみましょう。

ストローの先にただの水をつけて吹いても膨らみません。

ストローの先に洗剤を入れた水をつけて吹くと膨らんでシャボン玉になります。

水だけでは表面張力が大きすぎて膜を作れませんが、洗剤に含まれている界面活性剤が水の表面張力を小さくするためシャボン玉を作ることができます 。

実は万年筆のインクにも界面活性剤が含まれていて、界面活性剤が少ないとき表面張力は大きくなり、界面活性剤が多いとき表面張力は小さくなります (表1)。
万年筆のインクには界面活性剤が含まれているので、水 (20℃) よりも表面張力が低くなっています。

一般的に、万年筆インクの表面張力が高いと、ペン芯の櫛 (くし) から櫛へ流れていく力が強い、ということになりますから「流れやすくなる」と言えます。

ここからはかなり専門的な話になりますので、難しすぎる~!という方は枠の下まで飛んでください。

 

表面張力と毛細管現象、そしてペン先スリットの関係性

液体の表面に細管を立てると、液体は管内を上昇または下降する現象を毛細管現象と呼びます4) (図21a)。

図21a 毛細管現象のスケッチ


図21b 毛細管現象のスケッチ       表面張力Tが大 (左)、表面張力Tが小 (右)

図21c 毛細管現象のスケッチ 円管の直径dが小 (左)、円管の直径dが大 (右)

円管の直径をd、液体の壁に対する接触角をθ(シータ)、液体の密度をρ(ロー)、重力加速度をg、液面の平均の高さをh、表面張力をTとすると、

h=(4T cosθ)÷(ρgd)

この式は表面張力Tが大きいとき液面の高さhは高くなり、表面張力Tが小さいとき液面の高さhは低くなることを表わしています (図21b)。
液面の高さhだけ上昇または下降したとき管内の液体の容積は、万年筆においてインクフローに相当します。
よって、上式は表面張力が大きいときインクフローは良くなり、表面張力が小さいときインクフローは渋くなることを表わしています。

 

上式は円管の直径dが小さいとき液面の高さhは高くなり、円管の直径dが大きいとき液面の高さhは低くなることを表わしています (図21c)。
万年筆において、円管の直径dはニブの切り割り (スリット) の間隔に相当します。

よって、スリットの間隔が狭いとき、毛細管現象の働きやすさにより、インクフローは良くなります。
スリットの間隔が広いとき、毛細管現象の働きにくさにより、インクフローは渋くなります。

ただし、ハート穴からペンポイントに向かってスリットの間隔が平行にならずに狭くなっていかないと、
毛細管現象の働きにより、インクをペンポイントまで送ることができません (図22)。

図22 スリットの間隔 万年筆:モンテグラッパ フェリチータ (細字F)

ペン先調整において、インクフローを良くするときは、

ハート穴からペンポイントに向かってスリットの間隔が狭くなるように、スリットの間隔を広げたりして調整します。

 

つまりは、毛細管現象により、表面張力が高ければインクフローは良くなり、低ければインクフローは渋くなるはず、ということですね。

 

それでは、表面張力の大きさがインクフローに及ぼす影響について検証していきます。

表面張力が大きいインク及び表面張力が小さいインクをそれぞれ万年筆に入れて用紙に文字を書いて、上の理論計算が実際に成り立つのか考察します。

なお、実際のインクフローでは、粘度と表面張力のバランスがありますから、粘度の影響を小さくするために、粘度が近くて表面張力が異なるインクでインクフローを比較します。

求める条件を満たすインクとして、モンテグラッパのブルーとペリカンのエーデルシュタイン トパーズ (ターコイズ・ブルー) を選びました (表1)。

表面張力に関してモンテグラッパのブルーは高く、ペリカンのエーデルシュタイン トパーズは低いです。

ちなみにエーデルシュタインはペリカンの高級ラインのインクで、ロイヤルブルーと比べるとボトルのデザインが洗練されています(図23)。

図23 ペリカンのインクボトルデザインの比較 ロイヤルブルー(左)、エーデルシュタイントパーズ(右)

 

図24 表面張力によるにじみやすさの比較 (表面)モンテグラッパ ブルー (上)エーデルシュタイン トパーズ (下)

図25 表面張力による裏抜けの比較 (裏面 )モンテグラッパ ブルー (上)エーデルシュタイン トパーズ (下)

 

万年筆はエキストラ (EF) を使用して、モンテグラッパのブルーとペリカンのエーデルシュタイン トパーズのインクフロー、にじみやすさ及び裏抜けを観察します。
にじみやすさ及び裏抜けを明確にするために、紙は吸水性の良いコピー用紙を使用します。

筆圧、筆記角度、筆記速度、用紙により、にじみやすさ及び裏抜けの程度は変わることをご了承願います。

 

用紙の表面において、モンテグラッパのブルーの筆跡が太くて、エーデルシュタイン トパーズの筆跡が細いことは、
表面張力が大きいときインクフローは良くて、表面張力が小さいときインクフローは渋くなることを表しています。

モンテグラッパのブルーはエーデルシュタイン トパーズよりにじんでいます。

用紙の裏面において、モンテグラッパ ブルーの裏抜けは多いですが、エーデルシュタイン トパーズの裏抜けは少ないです。

 

従って、モンテグラッパのブルーのように表面張力が大きいとき、毛細管現象の働きやすさにより、
インクフローは良くなって、にじみやすく裏抜けしやすい
ことが示されました。

一方、エーデルシュタイン トパーズのように表面張力が小さいときは、毛細管現象の働きにくさにより、
インクフローは渋くなって、にじみにくく裏抜けしにくいことが示されました。

 

にじみ及び裏抜けが多いときは、表面張力の高いインクから低いインクに替えたり、
吸水性の低い用紙を使うことにより、にじみ及び裏抜けを少なくすることができます (「5. インクと紙には相性がある!」参照)。

 

また、このあとの章でも説明しますが、ペン芯と表面張力や粘度の関係性は深いですので、「表面張力とインクフローの関係」は覚えておくとよいでしょう。

 

この章のまとめ:
・表面張力とは液体の分子同士がまとまって表面積をできるだけ小さくしようとする性質のこと。
・万年筆のインクには界面活性剤が含まれていて、界面活性剤が少ないとき表面張力は大きくなり、界面活性剤が多いとき表面張力は小さくなる。
・液体の表面に細管を立てると、液体は管内を上昇または下降する現象を毛細管現象と呼ぶ。
・ハート穴からペンポイントに向かってスリットの間隔が狭くなっていかないと、毛細管現象の働きにより、インクをペンポイントまで送ることができない。
・表面張力が大きいとき、毛細管現象の働きやすさにより、インクフローは良くなって、にじみやすく裏抜けしやすい。
・表面張力が小さいとき、毛細管現象の働きづらさにより、インクフローは渋くなって、にじみにくく裏抜けしにくい。

 

9.気液交換とインクフローの関係 -ペン芯の構造がインクフローに影響を及ぼす-

ここでは、ペン芯の構造(万年筆のインクが出てくる心臓部!)について説明してきます。
万年筆を使う上でとても重要な部分になりますので、この構造についてはぜひ知っておくとよいでしょう。

 

万年筆のペン先の裏側には、ペン芯が見え、櫛溝 (くしみぞ) と呼ばれる部分があります。

また、ペン先を分解すると見えてくるのがインクをペンポイントまで運ぶインク溝。
このペン芯の櫛溝などの構造はインクフローの状態をものすごく左右します 。

※万年筆を分解して壊してしまった場合、メーカー保証の対象外となるので、個人の判断で分解をしないでください。

ペン先分解 万年筆

 

では万年筆で線が書ける仕組みをおさらいしておきましょう!
ペン先から用紙に流れたインクの容積と同じ量の空気を胴軸内部のインクタンクに吸い込むことを「気液交換」と呼びます5) (図26、27)。

図26 気液交換のスケッチ


図27 櫛溝の間隔 インク:モンブラン ロイヤルブルー 万年筆:マイスターシュテュック シルバー・バーリー(F)

 

インク溝はインクをタンク内からペン先まで導きます。

インク溝は胴軸からペンポイントに向かって間隔が狭くなっていかないと、
毛細管現象の働きにより、インクをペンポイントまで送ることができません
(毛細管現象は「8. 表面張力とインクフローの関係」参照)。

よって、ペン芯には、インクが通る「インク溝」、空気を取り入れる「空気溝」
余分なインクを溜めておく「櫛溝」、櫛溝の空気を逃がす「空気逃げ溝」があります。

醤油差しと同様に、空気溝が塞がってしまうとインクは出て来なくなります。

インクフローを良くするには、たくさんの空気をインクタンクに送る必要があるので、空気溝を大きくします6)

反対にインクフローを渋くするには、インクタンクに送る空気を減らす必要があるので、空気溝を小さくします。

よって、空気溝の大きさはインクフローを決める重要な要素なのです。

 

従って、同じモデルでもインクフローの差がある字幅ごとにペン芯は異なります。

例えば、ペリカンのスーベレーンM800の細字、中字、太字におけるペン芯はそれぞれ異なるペン芯を使用しているのです。

櫛溝の間隔は一定ではありません6) (図26,27)。

首軸付近において、櫛溝の間隔は狭く毛細管現象が働きやすいので、余分なインクは櫛溝に吸い寄せられますが、

ペン先付近において、櫛溝の間隔は広く毛細管現象が働きにくいので、水圧が一定の高さ以上にならないと、インクは櫛溝に吸い寄せられません。

首軸からペン先に向かうほど水圧は高くなるので、櫛溝の間隔を調整することにより、
ペン芯からペン先へ供給されるインクの量を一定に保ち、インクのボタ落ちを防いでいます

 

インクフローはインクの粘度、表面張力、気液交換などの条件により決まります (「7. 粘度とインクフローの関係」「8. 表面張力とインクフローの関係」参照)。

毛細管現象、用紙によるインクの吸水、気液交換の3つがそろって、インクは途切れることなく用紙に出てきます (用紙によるインクの吸水は「5. インクと紙には相性がある!」参照)。

粘度が高いとき、粘度が低いとき、途切れることなくインクが出るインクフローのことをそれぞれぬらぬら、サラサラと表現します。

いろいろな条件のバランスがあるために、例えばイタリアのペンに国産のインクを入れたらボタ落ちしてしまった…とか、
あるいはパーカーに○○のインクを入れたらインクが出てこない!ということなんかが起こるわけです。

 

この章のまとめ:
・ペン先から用紙に流れたインクの容積と同じ量の空気をインクタンクに吸い込むことを気液交換と呼ぶ。
・インク溝は胴軸からペンポイントに向かって間隔が狭くなっていかないと、毛細管現象の働きにより、インクをペンポイントまで送ることができない。
・インクフローを良くするには、たくさんの空気をインクタンクに送る必要があるので、空気溝を大きくする。
インクフローを渋くするには、インクタンクに送る空気を減らす必要があるので、空気溝を小さくする。
・首軸からペン先に向かうほど水圧は高くなるので、櫛溝の間隔を調整することにより、ペン芯からペン先へ供給されるインクの量を一定に保ち、インクのボタ落ちを防いでいる。
・インクの粘度、表面張力、気液交換などの条件により、インクフローが決まる。
・毛細管現象、用紙による吸水、気液交換の3つがそろって、インクは途切れることなく用紙に出てくる。
・粘度が高いとき、粘度が低いとき、途切れることなくインクが出るインクフローのことをそれぞれぬらぬら、サラサラと表現する。

 

10.終わりに

さて、ちょっと専門的ではありますが、インクの基礎知識についての記事はいかがでしたでしょうか?

難しい部分もあったかもしれませんが、こういった知識をある程度頭に入れておくと、
インクトラブルが発生したときに的確に対処できるかと思いますし、
万年筆を大切に長く使っていく上で大事なTipsになりますので、ぜひ知っておいていただければと思います。

 

1883年にルイス・エドソン・ウォーターマンが毛細管現象を応用して万年筆を創り出して、
その後様々なメーカーで設計者や職人さんが試行錯誤を繰り返して、デザインや機能性の優れた万年筆を製作したことにより、
万年筆はお客様にとって魅力的な製品になっているのだと思います。

 

万年筆、インク、用紙の三者の組み合わせにより万年筆の世界は広がります。
例えば、インクをブラックからブルーに変えて、用紙をMDノートからニーモシネに変えると、
異なる万年筆の魅力を引き出せます (図9~16参照)。

機会があればモンテグラッパに限らず、様々なメーカーの色彩のインクを使ってみたいところです (図28,29)。

図28 モンテグラッパ インクボトル2020 -50ml


図29 インク:パイロット 色彩雫 冬柿 (左)、紺碧 (中)、深縁 (右)万年筆:パイロット カスタムレガンス (F)

 

例えば、現在では書類を作成するのにWord、Excelなどパソコンが主流ですが、
万年筆に赤色のインクを入れて書類の添削をすると、万年筆の活躍の幅が広がり嬉しいですね。

図29はパイロットの色彩雫の3色セット (冬柿、紺碧、深緑) です。
パイロットの高級ラインのインクである色彩雫はおしゃれなボトルのデザインです。
表面張力が低くてインクフローが渋めなので、にじみにくく裏抜けしにくいです。
なお、パイロットの色雫 (冬柿、紺碧、深緑) における表面張力と粘度は表1を参照にして下さい。

 

ここで、アウロラのインクおよび万年筆についてレビューします。
アウロラのインクは、濃淡が出にくくて、濃くはっきりとした筆跡になるのが特徴です (図30、31)。
アウロラのペン芯の素材はエボナイトが多く、このペン芯は純正インクと相性が良いので、インクフローが安定します。

アウロラの通常品のインクは黒 (ブラック)、青 (ブルー)、ブルーブラックの3色で、色の種類が少なめ。

 

図30 インク:アウロラ ブルー (左)、フラコーニ ヴェルデ (グリーン) (右) 万年筆:アウロラ オチェアーノ アンタルティコ (M)

 


図31 アウロラ フラコーニ 100周年記念特別生産インク

一方で、アウロラの創業100周年記念特別生産インクであるフラコーニはトゥルケーゼ (ターコイズ)、ヴェルデ (グリーン)、ロッソ (レッド) など、10色の豊かな色彩が揃っています。

フラコーニは現在のところ100周年を越えても定番化しており、生産を続けているので、新しいロットのインクを購入することが可能。(いつまで作り続けるかは未定)

ペリカンの通常インクとエーデルシュタイン、パイロットの通常インクと色彩雫のように、アウロラの通常インクとフラコーニは、インクのクオリティに大きな違いはありません。

しかし、インクフロー、にじみにくさ、裏抜けしにくさ、色彩の豊かさを考えると、

フラコーニは表面張力と粘度のバランスが良くて、使いやすいインクです。

アウロラの万年筆を持っているお客様には是非フラコーニを試していただきたいです。
なお、アウロラの青 (ブルー) における表面張力と粘度は表1を参照にして下さい。

 

ちなみにオチェアーノシリーズ、アンビエンテシリーズマッパ・アンティーカコレクションは外観・素材 (アウロロイド、スターリングシルバー、18Kニブ、エボナイトのペン芯)・重量・重心などが似ているので、
図30はアウロラのアンビエンテマッパ・アンティーカの購入を検討されるお客様の参考になれば幸いです。
最近のアウロラの万年筆は以前と比べてインクフローが多くなっているので、オチェアーノの字幅Mはアンビエンテマッパ・アンティーカだと字幅Fに相当すると思われます。
つまり、最近のアウロラ万年筆の字幅は以前の字幅と比べて1段階上であると考えています。

また最近のアウロラ万年筆のニブは硬めから柔らかめになってきており、書き味は鉛筆で書くようなサリサリ感が減って滑らかになってきています。
しかし、それであったとしても、他のブランドの万年筆と比較すると、ニブの硬さサリサリした書き味が残っていることを感じます。

 

モンテグラッパなどの万年筆にそれぞれの純正のインクを入れて文字を書くと、自社の万年筆に合うようなインクを熱心に研究している様子が伝わってきます。

メーカーは万年筆に自社のインクを入れることを推奨していますが、
様々なメーカーのインクを入れて、書き味やインクフローの変化を楽しむことも万年筆の魅力のひとつ!

 

 

ただし、純正のインクを使用しないで他のメーカーのインクを入れて万年筆が故障した場合、メーカーの保証を受けられなくなる可能性があるので注意が必要です。

 

特に高額品および限定品の万年筆には、顔料インク、古典インクの使用を避けて、染料インクを入れるべきです (「3. インクの種類」参照)。

どこのメーカーのインクを選択すればよいのか、何色のインクを選べばよいのか悩んだら、万年筆の知識が豊富な佐藤店長に相談して決めるといいですね。

 

11. 万年筆調整師より、インクについてミニコラム

Il Duomo提携の調整師さんが、インクについて追記をしてくれたので
ぜひこちらも併せて読んでみてくださいね!

 

幾つかユーザー視点では見えにくいため触れられていなかった部分がありましたので、少し書かせていただきます。
国産三社、特にパイロットがわかりやすいのですが、パイロットのブルーブラックやブルー系は染料インクであるにもかかわらず耐水性が高く、
またシャバシャバ系のインクとして知られています。
これはキャップレスという看板モデル用にインクの粘性を調整したと言われています。

また通常モデルでのペン芯の設計構造上の都合で、古典インクでの使用を切り捨てる方向性になっており、
染料インクでの耐水性を上げる必要性からきています。
このように、万年筆とインクを同時に一社で製造している場合、
自社の万年筆に合ったインクの設計、インクに合った万年筆の設計がされていたりします。

近年増えている顔料インクなども、万年筆メーカーが作っているものは、
自社製品での使用が前提となっているため自社の万年筆のペン芯の設計で対応できる粘性表面張力、インク中の顔料粒子のサイズ等の研究がなされたものになっています。
インクメーカーが出している顔料インクもありますが、顔料インクとしては優れた特性を持っていて万年筆で使用ができると謳っていても、
実際に自分が持っているメーカーの万年筆で使用テストをされたかはわかりません。自己責任で使用してみるべきでしょう。

また、これはプラチナ万年筆の社長さんの講演で言われていたことなのですが、
顔料インクたとえカートリッジだったとしてもインクの鮮度というものは色や書き味に影響するとのことです。
出来立てのインクは違うんですよ!と力説しておられました。
確かにボトル開けたてと、暫く経ってからでだと、書き味も違いますし、色味も微妙に違う感じがします。

保存環境に注意しても古典インクは、色合いが変化していきます。染料インクも保存次第で全然違ってきます。
勿体無いからと、あまりに劣化してしまったインクを使っていると、
インク中にカビが発生し、万年筆のペン芯にカビがはびこることすらあります。
鮮度が良いインクを使って、楽しい万年筆ライフを送りたいものです。

 

12.参考文献

1)趣味の文具箱編集部:INK 万年筆インクを楽しむ本 (エイムック4617)、株式会社 ヘリテージ (出版当時は枻出版社) (2020)、pp.6-7、pp.30-33、pp.36-39、pp.140-141
2)趣味の文具箱編集部:趣味の文具箱 vol.40、株式会社 ヘリテージ (出版当時は枻出版社) (2016)、pp.49
3)中山泰喜:改訂版 流体の力学、株式会社 養賢堂 (1998)、pp.13-14
4)中山泰喜:改訂版 流体の力学、株式会社 養賢堂 (1998)、pp.15-16
5)パイロットコーポレーション:かく、がスキ
6)伊東道風:万年筆バイブル、株式会社 講談社 (2019)、pp.102-110

 

 

 

つくしさん、インクの解説をありがとうございました!
物理的な側面からの解説は、知っているようで知らないことがたくさんあり、とても勉強になりました。
インクの知識を深めると、メーカーのインクとペン芯、ペン体製作の切磋琢磨を想像することができ、よりいっそうリスペクトできそうです。
インクの注意すべき点や特徴を知り、安全に長く万年筆を使っていきたいですね。

 

 

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店長
はじめまして!Il Duomo(イル・ドゥオモ)店長の佐藤です。

私は、幼少期から絵や文学(短歌とか詩)などが好きで、文具が大好きでした。

 

大人になってからヨーロッパ文具の美しさと独特の味わいに惹かれて、万年筆の通販サイトをはじめました。

主にイタリアのペンを中心に扱っています。

 

私自身、万年筆を使い始めてから手帳に向かい合う時間が増え、いっとき辞めていた詩歌の趣味も、あらためてはじめることができました。

そんなことから、わたしは筆記で人生はもっと豊かになると信じています。

 

万年筆・ボールペンをただ販売するだけでなく、筆記でどんなことが楽しめるのか、どんな風にペンたちを使っていくのか、そんなことも発信していきたい!と思ってこのブログをやっております。

 

 

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